もくじ
『82年生まれ、キム・ジヨン』小説と映画の違い
まず、切り口がかなり違います。描かれている内容はほとんど同じですが着地が違うのと意図が大幅に違う印象です。
ざっくりいうと以下のような雰囲気の違いでした。
映画⇒女性の強さを描くヒューマンドラマ。かなりエンタメ強め。感情に訴えかけてくるので泣ける。
小説のあらすじとラスト。ネタバレあり
まず小説版はキム・ジヨンがかかる精神科医の目線からスタートします。突然別の人格が憑依してしまうジヨンへの客観的考察から物語がはじまっています。
そして、キム・ジヨンの幼少期、小中学生期、大学生期、社会人期、結婚生活期からの出産育児期と続きます。
特に前半の幼少期などは、キム・ジヨンの母親、父親の苦労やどのように生計を立ててきたかまで描き、さらにはジヨンの母の生い立ちにまで触れる内容でした。
そして最後はふたたび精神科医の視点に返り、男目線で物語をしめくくるというラストになっています。
本当にここはぞっとしました。結局男の中にある潜在的な女に対する蔑みというか、偏った見方が根底にあることをさらっと表現して締めています。思わず読み返してしまうほど衝撃でした。
大きく違った点①母親の生い立ち
映画ではジヨンの母は兄弟を支えるために自分の夢を諦め、洋服を作る仕事をしていたということになっています。
手の傷はミシンで出来たケガとしていましたが、小説では母は自身の強みを生かして美容師として働いたり投資をしたり、マンションを買ったりするなどかなりアグレッシブに動いています。
手のケガに関しては「テープはがし」という内職をしてできたというような内容が小説にはあり、正確にはこのときのケガが手にあったものを、わかりやすく「ミシンで」という風に変えているのではないでしょうか。
母の過去のエピソードを入れ始めるときりがないのは仕方ないところかもしれませんが、小説ではジヨンのエピソードと同じくらい重要です。
ジヨンの母世代の苦労があったからこそ、ジヨンと姉が女性も学問や仕事に意欲的に取り組むために応援してもらえたといっても間違いではないでしょう。
映画と小説両方で魅力的に描かれていたシーンのひとつに、食卓で母が叫ぶシーンがありました。
就職が決まらないジヨンに対して父がずっと家に居たらいいというのに対して、もっと外に出でいかなきゃだめ!おとなしくしてるな!と激励し、驚いた父のしゃっくりが止まらなくなり、家族一同大笑いというところですね。
映画でも十分ほほましいシーンでしたが、小説では母が過去にどれだけ苦労し、父の退職後はビジネスチャンスをみずから挑戦して掴んできたからこその説得力と迫力があったのではないでしょうか。
映画と大きく違った点②出産までの道のり
小説の社会人期においてはのちの夫であるデヒョンとのなれそめや出産までの葛藤についても詳細にかれていました。
とくに映画では違った描かれ方をしていたのが、夫婦ふたりがこどもをもつかどうかの話し合いをしている部分です。
映画では夫が甘えた様子で「自分も頑張る、子育て手伝うから」と軽いトーンで話すシーンでしたが、小説はもっとシリアスでした。
小説ではジヨンの視点から書かれているので、「なぜおなじ家庭で、ふたりの子どもなのに手伝うという発想なのか。自分はしたい仕事を我慢したり、自分の時間と体を奪われるのに、夫は失うものがない」という切実な思いが詳細に書かれています。
女性の共感度は高く、子を持とうとしている女性の心理の核心をつく内容だと思います。
映画と大きく違った点③夫の育休
映画の場合、おもに夫の視点から育休に関して描かれています。
現在の社会で男性にとって育休をとることのリスクがいかに大きいか、会社側のシステムがまだ整っていないのか、というのを描いています。
電話口で激昂する姑の反応はかなり露骨ではありましたが、映画として分かりやすい演出になっていたように思います。
小説の場合も、姑の反応はありますがジヨン目線で淡々と考えているような雰囲気となっています。
ラストの大きな違い。比較してみて感想。【映画的救い】
小説と大きく違ったのは、映画ではジヨンが前向きに変わり始めたところで物語が終わっているところです。
信頼している元上司のところに挨拶に行き、子育てに前向きに取り組んだ先に再就職を見据えるラストになっていました。
これがエンタメとしてのこの映画の落としどころです。
映画としては十分なしめくくりですし、問題提起しながらも強い女性像を示せていました。
しかし、小説のラストと比べるとかなり志向が違うので反発心を抱く人が中にはいるかもしれません。
個人的には映画を先に観たあとに小説を読むのをお勧めします。
先に小説を読んでいたら、サスペンス的構造というか最後のぞっとするラストに期待してしまっていたはずだからです。
それと、小説で描かれた内容量にはやはり及ばない映画に対して物足りなさを感じていたかもしれません。
映画は感情に訴える形で女性の権利について訴えかけ、小説は時代背景や統計を活用して論理的かつ感情的に論じているような印象を受けました。
映画で泣く⇒本を読んでさらに理解する、の形が良いように感じました。本も映画もどちらもおすすめです。とくに女性にとっては共感度高い内容なはずです。